李明さんの日記

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おもしろい西安釣魚台 閲覧:81回 2011年10月27日(木)
    今日は古城の西安へ観光して、美しい西安釣魚台を楽しむ。釣魚台は釣魚島じゃなくて、中国の西安の観光地です。釣魚台はとても有名で、毎日はここにきて中国旅行http://www.jtb.cn
する人はおおぜいです。         
    釣魚台は宝鶏の県城南方の約15klj091bm、ハン渓河畔(一名を砿河と言う)の伐魚堡の南にあります。渭河の南、秦嶺山脈の北麓にあり、辺りは深山幽谷に包まれ、渓流の一画に釣魚台と呼ばれる大きな岩が河の中にどっかりと鎮座しています。
    釣魚台は2つの山の間にある大きな岩で、ひざまずいた跡がありました。岩の下は激流が渦巻き、水しぶきが四散し雲霧譚とも言います。岩の西側に太公廟、南側に母忌洞があります。ハン渓の樵夫であった母忌が太公を周の文王に推薦したと伝えられます。
    司馬遷の『史記』によれば、呂尚は始め殷の紂王に仕えていたが奸臣の言を用いる紂王に愛想をつかして官を辞して、この地に隠棲しました。すでに77歳でした。周の文王は釣り糸を垂れていた呂尚に出会います。文王は呂尚に「あなたは私の父(太公)が望まれていたような立派なお方です。是非私を補佐して頂きたい」と言い、呂尚は83歳にして今度は周に仕えることになりました。
    太公が文王に会ったときに出した『釣りと治国」と言う論は、見識が高く、信のおけるものでした。その大意は国を治めることは釣りと同じです。『釣りは餌をもって魚を誘う。餌がよければ魚は危険をも顧みない。禄が豊かであれば士は死ぬことさえおそれない。釣り糸が細く餌が少なければ、獲物は小さく、釣り糸が太く餌が多ければ、獲物も大きい。禄が重くなければ大賢を得ず、大賢なければ国を治めることは出来ぬ。国が治まらずして天下を取ることができようか・・・』という言論を聞いた文王は「吾太公望子久矣!」わが祖父古公は早くから呂尚のような大賢を待ち望んでいた。と感嘆しました。このやりとりは、姜太公の著ともいわれる兵法書『六韜』に記されています。
    中国観光http://www.mybus.com.cn
>に来ったら、ぜひ西安釣魚台を楽しんている。ここには美しい風景だけでなく、古く神迷の物語があり、いろいろな歴史ことが見学します。
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