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さて、続いては、ダライラマの夏の離宮である「ノルブリンカ」の観光だ。
広々とした敷地内の数カ所に、歴代のダライラマが建てた離宮があり、そのどれもが見学できる。

入口

門の天井画

ここが一番の見どころ、ダライラマ14世の過ごしたタクテン・ミギュ・ボタンという離宮だ。
往時は、ダライラマ14世が、天皇陛下の一般参賀のようにこの二階の窓から顔を出してくれたのだとか・・・
離宮の内部は残念ながら撮影禁止である。
中には、客間、風呂、トイレなど、様々な設備が整っていた。そして、どの部屋も美しかった。
「ここは、祈りの間です。昔はここで順番を待って、14世とお話することができました。」
「これは、14世だけが座ることのできる玉座です。」
ガイドの話を聞いていると、ダライラマ14世を偲ぶ場所ばかりで、切なくなった。
ご存知の通り、現在中国国内ではダライラマ14世に対する信仰が一切禁止されている。
14世の著書や、写真を所持するだけでも処罰の対象になるという。
それでも、このノルブリンカを案内するなら、14世の話に触れないわけにはいかない。
祈りの間には、チベットの歴史を説明する美しい壁画があった。
西暦640年に、チベット統一王朝を建てたソンツェン・ガムポ王が、ネパールの王女ティツンと、中国の皇女である文成公主の二人を同時に娶ったという有名な歴史事実が描かれていた。
チベット王が二人の王女を娶ったことは、当時のチベットがネパールと中国の間に位置する一つの強大な国家であったことを証明する事実だと思われるが・・・
中国側は、文成公主こそ未開の地であったチベットに文化をもたらした救世主であると教えているようである。
我々と同じ時に離宮内を見学していた中国人のグループがいて、中国人のガイドが解説する声が丸聞こえだったのだが、正直言ってうるさかった。五体投地をして祈りを捧げるべき場所に、とても似つかわしくないガイドの大声、そして観光客の騒がしさ。
「中国人うるさい… あ、またデタラメ教えてる」
我らがガイドも、そんなことを小声でつぶやいていた。
数々の美しい壁画や、椅子や絨毯の模様を眺めていて、私はあることに気がついた。
鮮やかな色の、龍の模様が多く使われている!
「この龍の柄は、昔からチベットで使われていたものですか?」
そうガイドに尋ねると、彼は、
「中国人は、中国独自のものである龍をチベットが古代から使っているのだから、チベットは中国の一部だなどと言っていますが、あれは嘘です!龍は本当に古くからチベットにありました!」
と、いきなり反発するような語調で答えた。私は少し呆れて、
「いやいや…その中国人の説明は初めて聞きましたが、おかしな話ですよ。だって、朝鮮にも日本にも龍は大昔に伝わってるんです。その理屈だと、朝鮮も日本も中国のものになってしまうでしょう?」
と、なだめるように言った。彼はいまいちピンと来ないような顔をした。
そんな会話のあと、改めてチベットの龍をよく見ると、足の指の数は4本だった!
龍は、中国では5本指だったが、朝鮮に伝わって4本となり、日本に伝わって3本となった、という説を聞いたことがある。(指が減ったのは、龍は中国皇帝の象徴なので5本のまま使ってはならないという理由で)
もしそれが本当ならば、中国の東に位置する朝鮮と同様、西に位置するチベットに伝わった時に4本になったということになるが、どうだろう?
実に興味深いので、機会があったら龍について詳しく調べてみたいものだ。