月華(ゆえほあ)さんの日記

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チベット旅行記2 閲覧:385回 2010年08月21日(土)
更新しました。
http://yuehuarushui.web.fc2.com/Tibet/Tibet2.html


以下は、リンク先がご覧になれない方のために
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「…到着地の気温は、摂氏15℃…」

着陸態勢に入った機内のアナウンスに、一瞬耳を疑った。連日30℃を越える日本を出て、同じくらい蒸し暑い四川を経て、いきなり15℃とは予想以上の涼しさだ。

 

飛行機を降りると、今まで見たことがないほどの澄み切った空の青さが目に飛び込んできた。
うん、気持ちがいい!

私は深呼吸した。

あれ?…呼吸の中に、かすかに感じる違和感。
何というか、もしかしてこれが、「空気が薄い」という感覚なのだろうか?

さて、手荷物を取って外に出てみたが、待っているはずのガイドの姿がない。
仕方がないので携帯で電話してみる。こんな所でもアンテナが3本立っているDoCoMoはありがたいな。

無事に合流して、用意された車の中へ。
ガイドのツェワンさん(仮名)は非常に日本人的な顔立ちをした、チベット人の若い男性だった。

「私はダライラマ○○世が生まれた○○○の出身です。」

彼はかすかに誇らしげな笑顔を見せて、そう言った。たったその一言で、彼がダライラマを慕う気持ちがしみじみと伝わった。
彼から聞いた印象深い話のいくつかをご紹介しよう。

★故郷の○○○は、農民ばかり。自分はラサでたくさんお金を稼いで、毎年故郷に持って帰っている。
★中国人に開発されて、ラサの発展は著しい。故郷の○○○も、発展しつつある。自分が子供の頃は、電気がなくて夜は暗闇だったが、今では電気が通っている。
★歩いてネパールを越え、インドに行ったことがある。帰りにヒマラヤ山中で中国軍に捕まり、4ヶ月拘束された。
チベット人は、外国に行くことが許されていないので、これ以外の方法はない。
★インドで日本人から日本語を習い、今は日本語ガイドをしている。中国人のガイドは絶対やりたくない。
★ラサの街で商売をしているのは90%中国人。普通のチベット人は、職を求めても下働きしかさせてもらえない。

…などなど、色々と衝撃的な話を聞かせてもらった。
私達は通常、「漢民族とチベット族」というように民族の区別として両者を呼び分けている。しかし彼は敢えて、「中国人/チベット人」と呼び分けていた。民族の違いというよりも、あくまで違う国の人間なのだ、という意識が強いのだろう。



<ネタン大仏>

空港からラサ市街地に向かう途中、最初に立ち寄った名所。



小山に彫られた釈迦牟尼像。高さは9.83m。

辺りには、ほんのりと香ばしい香りが漂っていた。

「これは、バターのにおいですよ。」
「えっ、バター?」

ガイドに言われて、びっくり。しかし、バターで食べ物を作っているのではなかった。
佛を祀るのに使われる灯明、これらは全て、バターに火を灯しているのだ。

「チベット人は皆、巡礼の時にヤクの乳で作ったバターを持ち歩いています。灯明にくべるためです。」

なんと不思議な感覚だろう。私達にとってのバターと、チベット人にとってのバターは、全く違う意味を持った存在のようだった。



大仏の正面には、澄んだ湖と青空が広がっていた。
その大自然を彩るように、青・白・赤・緑・黄の五色旗「タルチョ」がはためいている。



湖のほとりにたたずむ、チベット人の親子。ずっとここで、山と湖と佛と共に、過ごし続けているのだろうか・・・。



ところで、ここで初めて、チベットのトイレに行った。
使用料として、なんと2元もの大金が取られた。

どんなトイレかというと、中国の田舎と同じで、囲いの中の「ただの溝」!だった。
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もとみん さんのコメント 2010年08月21日 19時41分
qiaochu さんのコメント 2010年08月21日 20時40分
hemiriko さんのコメント 2010年08月22日 01時46分
arip さんのコメント 2010年08月22日 08時24分
mimi199jp さんのコメント 2010年08月22日 09時13分
クニッチ さんのコメント 2010年08月23日 09時50分
月華(ゆえほあ) さんのコメント 2010年08月23日 22時20分